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32-01 苫前ダムの地質

 留萌地域に三毛別川は2つある。古丹別川の支流と築別川の支流である。苫前ダムは古丹別川支流の三毛別川に、羽幌ダムは築別川支流の三毛別川に、それぞれ建設されている。

 古丹別川支流の三毛別川流域には、新第三紀中新世中期の古丹別層が広く分布し、苫前ダムは古丹別層の礫岩上に建設されている。

 新第三紀中新世の前期(2000~1800万年前)には、ユーラシアプレートの東に浅い海が広がっていた。この古い日本海に堆積した地層が、三毛別層上部や築別層である。

 新第三紀中新世中期(1500万年前)に入ると、北東に向かうユーラシアプレートと南西に向かう北米プレートが衝突する。その結果、ユーラシアプレートは北米プレートの下に沈む込み、両プレートの境界に南北に伸びた海盆が形成された。同時に、海盆の東側の日高帯が急激に上昇を始め、山脈を形成した。この道北に誕生した山脈は現在の日高山脈とは位置も時代も異なり、「新第三紀中新世の日高山脈」とも呼ばれている。

 苫前ダムの基礎となる古丹別層は、東側の陸地の上昇に伴い、これまで静かに泥が堆積していた海盆に、新たに海底土石流が多量の土砂を供給することにより形成された。海底土石流によりつくられた地層をタービダイトと呼ぶ。1枚のタービダイトは粒子の沈降速度の差により、礫岩、砂岩、泥岩の規則正しい積み重なりからできている。古丹別層では、海底土石流が繰り返し発生し、その厚さは2000m以上とされており、数多くのタービダイトが存在する。

 「新第三紀の日高山脈」の急激な上昇が終了した頃(1400~1000万年前)、広がった日本海に珪藻化石を含む泥が堆積し、稚内層の珪質頁岩となる。新第三紀鮮新世に入ると、海は次第に退き、声問層、勇知層、更別層を堆積しながら、現在の北海道に近い姿に変化していく。

 個人的な話であるが、ダムの地質図作成に初めて取り組んだのが苫前ダムと忠別ダムであり、思い出深いダムの一つである。苫前ダムは三毛別川に計画された重力ダムであり、堤高は30m+と上司から聞かされ、三毛別川流域における礫岩層の分布を明らかにするよう指示を受けた。上司が強度の高い礫岩層を重力ダム基礎として考えていることから、礫岩、砂岩、泥岩が規則的に出現するタービダイトの分布を明らかにするとともに、礫岩層の層厚を測定することを調査の目的とした。

 三毛別(現三渓)は、かつて読んだ吉村昭の「熊嵐」の舞台で、凶暴なヒグマが生息する地域であるという先入観があった。学生時代に進級論文の地質調査中、厚沢部町の沢でばったりクマに遭遇し、腰を抜かしたことを思い出し、恐る恐る現地に入った。

 当時はまだ事業所があり、朝現地に送ってもらい、夕方迎えに来てもらいながら地質調査を行った。熊の足跡やフンはあちらこちらにあり、直前に熊が通過したことを示す石の上に残された濡れた足跡を見つけた時はぎょっとした。どこかでこちらを観察していたのであろうが、人を恐れない第2世代のクマではなかったため、幸いにして直接クマに遭遇することは一度もなかった。地質調査が終了したときには、ほっと胸を撫で下ろした。

 地質調査の結果、三毛別川流域には泥岩、砂岩、礫岩を1サイクルとする繰り返しが10サイクルほど認められ、礫岩層の厚さは、数mから数十mまで様々であることが分かった。最も厚い礫岩層は河床で50mほど連続しており、地層の傾斜が50度であることから、礫岩層の厚さは40m程度と推定した。厚い礫岩層は極めて硬質で、亀裂もなく、強度や透水性の問題は、ほとんどないと考えられた。苫前ダムは三毛別川流域における最も厚い礫岩層の上に建設された。

 苫前ダムの名称は町名に由来するが、町の中心から20㎞以上離れている。道道1049号苫前小平線を走り、終点少し手前で、わき道に入ると間もなくダムが見えてくる。アプローチは容易である。下流側から自由越流式の余水吐が美しいオーソドックスな提体を眺めるのがよい。ダムサイトには駐車場もあり、クマをあしらった案内板もある。

 帰路、「熊嵐」の惨劇のあった場所に、当時の家と熊の姿が再現されている施設に立ち寄った。「この付近でヒグマの目撃情報が寄せられています。見学の方は十分注意されるようお願いします。」という警告もあり、早々に立ち去り、苫前町郷土資料館に向かった。三毛別事件の惨劇は、ここでも再現されており、ゆっくりと見学できる。日本最大のヒグマ、体重500㎏、身長2.4mの「北海太郎」のはく製がある。三毛別の凶暴なクマに近い大きさだとか。

 余談であるが初山別村有明から有明ダムに向かう道道708号有明天塩有明停車場線から六線沢ため池が見える。農業用ため池に指定されているが、初山別土地改良区が平成16年に建立した碑文には、六線沢防災ダムと記されている。ただし堤高は15m以下である。ダムサイト横の林道に古丹別層の礫岩の露頭がある。50㎝もあるチャートや花崗岩の礫が含まれており、東側の山地の急激な上昇を物語っている。深海がこのような砂礫で埋積されたことがよくわかる露頭である。苫前ダムの基礎岩盤と同一の地層であり、車で手軽に行けるので興味のある方はぜひ見てほしい。

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