37-01 羽幌ダムの地質
留萌地域に三毛別川は2つある。古丹別川の支流と築別川の支流である。羽幌ダムは築別川支流の三毛別川に、苫前ダムは古丹別川支流の三毛別川に、それぞれ建設されている。
羽幌町中心部から東に23㎞のところに、かつて栄えた羽幌炭鉱がある。羽幌炭鉱は築別坑、羽幌本坑、上羽幌坑で構成されていた。羽幌町より道道744号上羽幌・羽幌停車場線を経て、道道741号上遠別霧立線に入ると右手に羽幌本坑の坑口跡がある。さらに進むと左手の山中に朽ち果てた選炭場や貯炭場が姿を現す。国内有数の優良炭鉱とされながら1970年(昭和45年)に閉山した羽幌炭鉱羽幌本坑の跡である。これらの朽ち果てた施設を後に、三毛別川をさかのぼる羽幌ダムへのダート道に入る。悪路ではあるが車での通行は可能。しかし悪路の走行が可能な車が望ましい。
羽幌ダムは堤体のみならずダムサイト周辺も芝で植生され、よく手入れされた一面緑の美しいダムである。一方仮排水トンネル出口上部は、黒い砕石で2段の盛土となっており、緑と黒の対比が鮮やかである。後述するように、この対比が羽幌ダムのおかれている実態を物語っている。
羽幌地域の第三紀の地質は下位から古第三紀の羽幌層、三毛別層下部、新第三紀の三毛別層上部、築別層、古丹別層に分けられる。羽幌ダムの基礎の地質は新第三紀中新世の築別層である。築別層は下部層と上部層に区分される。下部層は砂岩からなり、礫岩を含む。上部層は塊状の泥岩からなる。羽幌ダムの基礎岩盤は築別層上部層の泥岩である。お隣の羽幌二股ダムの基礎岩盤は築別層下部層の砂岩である。
羽幌ダムの基礎は無層理で塊状の泥岩であり、スレーキングしやすい。泥岩は頻繁に凝灰岩の薄層を含んでいる。凝灰岩は変質しスメクタイトに変化しており、地すべりを引き起こす要因となっている。このため築別層上部層の泥岩分布地域は地すべりの巣となっている。羽幌ダムは地すべりの巣の中に建設されている。ダムサイト左右両岸に地すべりが存在する。貯水池周辺もほぼ全域に地すべりが分布しており、地すべりではない場所を探すのが難しいほどである。
初めてこのダムを訪れたのは、地すべり対策であった。事前に空中写真判読で左岸アバットに大きな地すべりが存在することを確認していた。この地すべりが本気で移動し始めたら、万事休すと考えていたが、幸いなことに左岸の地すべりが動いている兆候はなかった。まだ運に見放されていない、「ラッキー」とまず胸をなでおろした。
実際の地すべりは、仮排水トンネル出口の坑門が傾き、補修のため坑門部を除去したことにより発生した。安全率≒1.00でようやく安定を保っていた地すべり末端の抑えを取り除いたため、地すべりは再活動を始めた。地すべりの範囲は次第に拡大し、地すべり頭部の亀裂が堤体下部にまで達していた。
とりあえず抑え盛土で地すべりの進行を止めることとした。現地で簡易な断面図を作成し、応急対策として地すべりの安全率が1.05程度になるような抑え盛土を行うことにした。抑え盛土は開水路上にも設置しなければならず、開水路にH鋼を建込、その上に砕石を盛土することとした。抑え盛土は間隙水圧を上昇させないようすべて砕石とした。
応急的な対策工を提案したが、堤体内の浸潤線や左岸地すべり内の水位の挙動も明らかでなかった。このため来年の湛水がこの地すべりや左岸の地すべりにどのような影響を及ぼすのか判断できず、極めて不安であった。試験所に戻り、地すべりの状況と提案した当面の対策工についてK室長に報告した。「豪雨があれば地すべりは提体にまで拡大する可能性もあります。来年の貯水の影響については判断できません。貯水中は首を洗って待っています。」と言ったところ、「君がよく考えて、そのような結論を出したのであれば大丈夫だろう。誰も腹を切れとは言わないよ。」との答えが返ってきた。この案件は翌年の貯水が始まり、落水するまで、ずっと心の重荷となっていた。
後に国土地理院時代の上司であったEさんから東北地方建設局管内の治水ダム近傍の地すべりに関する研究資料をいただいた。Eさん自ら空中写真判読と現地調査を行った膨大な研究資料であった。資料を読みながら、羽幌ダムの地すべりが頭に浮かび、恥ずかしさがこみあげてきた。勉強不足ゆえにうろたえたことに。後にEさんは土木研究所の地質官となられ、幕別ダムの活断層調査の報告にお伺いした。活断層調査は仕事納めの最中に電話で依頼されたため、新年早々の短時間の調査であった。幸いなことに十勝平野は雪も少なく調査は順調に進み、「日本の活断層」に掲載された断層が存在しないこと、さらに活断層と誤解される結果になった理由も明らかにできた。この調査結果で厳しいE地質官に納得していただけるか不安であったが、レポートの出来は95点とおっしゃられた。公務員生活をEさんの部下としてスタートし、ようやくここまでたどり着くことができたかと感慨深かった。昨年Eさんは北アルプス縦走中に亡くなられた。
あるダムマニアは羽幌ダムをこのように評している。「悪路を走行していくと、目の前に突然羽幌ダムが見えてくる。この世の物とは思えない美しさ。地獄のようなダート道から、一気に天国に駆け上がったような感覚だ。芝生で養生された提体やダムサイトは、たぶん国内ナンバーワンの美しさであろう。………取水設備からの吐き口はトンネルとなっている。この上部をあえて養生しないのは、芝生とのコントラストを作り出すためだろうか。」
上述したダム堤体下方の地すべりであるが、現在仮排水トンネルの出口に、巨大な抑え盛土が設置されている。砕石のため黒く見える抑え盛土と緑の芝生のコントラストが見事である。若き頃の未熟さを思い出し、しばしこの抑え盛土を眺めていた。この規模の抑え盛土であれば心配はいらないとダムを後にした。加齢とともに運転技術も衰え、荒れたダート道に自信はなく、再度訪問することはかなわないであろう。