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52-01 緑ダムの地質

 緑ダムは斜里岳と摩周湖(摩周カルデラ)のほぼ中間に位置する。知床から斜里岳、摩周湖にかけての地域は、古第三紀以降から現在に至るまで、一貫して火山活動の舞台となってきた。大地の変動は、古第三紀にオホーツク海の沈降による火山活動から始まり、新第三紀中新世に火山活動はクライマックスに達した。その後、千島海溝に沈み込む太平洋プレートと千島列島の間の押し付けあう力が強くなり、千島列島が雁行状に変形するという別の変動が始まり、現在の火山活動につながっている。

 緑ダム付近の地質は、上述の大地の変動により形成されたものである。グリ-ンタフと呼ばれる海底火山の噴出に始まり、大地の上昇により陸化した後も続いた火山活動の産物に至るまで、多様な火山岩や火山砕屑岩が不規則に分布し、岩質の変化が著しいことが特徴である。        

 緑ダムのダム基礎となる岩盤は、新第三紀中新世から第四紀更新世にかけての火山活動により形成されたものである。この時代には、あちこちで火山活動が行われたため、火山岩や火山砕屑岩の分布は極めて複雑である。さらに火山活動の前期や後期に火山灰や全く異なる境界堆積物が挟在しており、さらに地質を複雑にしている。このことからダムサイトの地質の把握は難しかった。

 ダムサイトの主要な部分は、新第三紀中新世忠類層と呼ばれる地層から構成される。左岸から河床深部にかけて緑色凝灰岩、左岸から右岸にかけて数枚の安山岩溶岩と火山砕屑岩が分布している。特に左岸アバットから右岸深部にかけて分布している安山岩溶岩には冷却節理が発達している。

 右岸ダム天端付近には、新第三紀鮮新世のアタクチャ*1火山噴出物と呼ばれる、安山岩溶岩および火山砕屑岩が分布している。さらにこれらの地層を覆って、第四紀更新世に屈斜路火山からもたらされた溶結凝灰岩が分布している。

 ダムサイトの地質は前述のように説明できるが、ダム軸の地質断面図に理解できない点があった。緑ダムでは、ダムサイトの候補地点として6地点の比較検討を行っている。このうち4地点については、左右両岸の地層に連続性が認められ、疑問点はない。しかし残りの2地点については、左右両岸の同一地層に連続性がなく、くい違いが認められる。すなわち他の4地点において連続していた地層が、この2地点においては、河床部に断層が存在しないにもかかわらず、連続性が認められない。

 なぜダムサイト両岸の地質が河床部を境に不連続となっているのだろうか。当初は他の4か所のダム候補地点と同様に、左右両岸の地質は連続していたが、後の地変により、くい違いが生じた、と考えるのが妥当であろう。ただし河床部に断層が存在しないことから、くい違いの原因を断層運動に求めることはできない。

 その原因はダムサイト右岸に存在する極めて大規模な地すべり(幅1.7km長さ1.8km)に求めるのが良いと考えられる。この地すべりの存在については以前から防災科学技術研究所の地すべり専門家により指摘されている。この地すべりの存在が指摘された地点において、左右両岸の地層に食い違いが生じている。

 今回緑ダムを訪れた機会に、この原因について調査するため地すべり地形の末端部と想定される場所において踏査を行った。特に屈斜路溶結凝灰岩に着目した。調査の結果、地すべり地形の内側と外側では溶結凝灰岩の標高に差があり、地すべり末端部では地すべり地外と比較して溶結凝灰岩の標高が高いことが分かった(バロメーターによる計測)。この標高差は溶結凝灰岩堆積後の地すべり運動により、地すべり末端部の溶結凝灰岩が持ち上げられたことにより形成されたと考えられる。

 ダムサイトでは河床の溶結凝灰岩と右岸の溶結凝灰岩には標高差がある。しかし、地すべり地形外にある他のダムサイト候補地点では溶結凝灰岩は連続しており標高差は存在しない(ダムサイト候補地点地質縦断図を参照されたい)。

 今回の現地調査結果を始め、他の調査結果も加味し、ダム右岸側には地すべりが存在するであろうという結論に達した。これまで河床部に断層が存在しないにもかかわらず、左右両岸の顕著な地質の相違を説明できなかった。しかし右岸に地すべりが存在すると想定すれば、これまで十分説明できなかった右岸の地質構造をうまく説明でき、なおかつ両岸の地質の対比も可能となる。

 このような大規模地すべりがダムサイトに存在する事例はないわけではない。例えば東北地方整備局管内の多目的ダムの中には、ダムサイトに大規模地すべりの存在するダムがいくつかある。これらのダムについては東北地方建設局河川課のEさん(当時)により詳細な地すべり調査が行われ、報告書としてまとめられている。この報告書を読めば、ダムサイトに地すべりが存在しても、ダムの安全性には問題がないことがよくわかる。ただし緑ダムにおいても地すべりの概要を把握しておくことが望ましい。

 なお右岸洪水吐施工に伴い15mの掘削と上部のり面に切土が発生する。この影響を評価するため、FEM解析が行われた。解析の結果、法肩から法尻にかけて、せん断破壊が想定された。この結果に基づき、すべり対策としてのり面にアンカー工が施工された。

 緑ダムの水理地質構造は火山岩地帯に見られる複雑な特徴を有していた。ダムサイトは複数のフローユニットからなり、フローユニットごと透水性状が異なる。特に安山岩溶岩は深部まで冷却節理が発達し、広範囲に高透水性を示した。フローユニット境界には火山灰などを挟んでいる。また溶結凝灰岩の下部には未固結の旧河床堆積物が伏在しており、高透水性を示すとともに浸透破壊も懸念された。緑ダムでは地質ごとに透水性状が異なるため多層の地下水が存在した。それらが複雑に分布するため、緑ダムの水理地質構造は複雑であった。

 公表されている水理地質調査報告書には、結論として以下の見解が示されている。

 左岸:左岸上流からダム軸河床に向かい、亀裂の発達した層を地下水が流動する。流速は早い。

 右岸:上流から下流に向かい、亀裂の発達した層を地下水が流動する。流速は左岸に比較し遅く、流動は緩慢である。

 総合的見解として、「水理地質構造は河川を境に左岸、右岸に分帯される。」としている。

 左右両岸が同一地質であることを考慮すると、この見解は興味深い。普通に考えれば左右両岸は同一地質のため、同じ水理地質構造を示すと考えられる。左右両岸の水理地質構造が異なるとすれば、右岸に存在する地すべりの存在が水理地質特性に影響を与えている可能性がある。

 なおダム軸における透水性状であるが、左岸では深度20mまでは50ルジオン以上、深度75mまでは20~50ルジオン、それ以深では3ルジオン以下であった。一方右岸では深度45m迄は20~50ルジオン、それ以深では3ルジオン以下であった。これらの高透水性部には深部までカーテングラウトが施工された。

*1アタックチャ川:アタクチャ火山噴出物の名称はアタックチャ川に由来する。「東西蝦夷山川地理取調図」には「アタツクシヤ」川として描かれている。陸地測量部の地形図は「アタツクチャ」川となっている。知里真志保著作集3「斜里郡内アイヌ地名解」では、アチャクチャ(acha-kucha 伯父・山小屋)あるいはアタックチャ(atat-kucha 鮭を背割りにして乾すものを造った小屋)としている。「鮭の干物であれば、こんな山の中で何故」と考えたのか、知里さんは「鮭の干物をつくる小屋」よりも「伯父・山小屋」のほうがベターと考えていたようである。

型式:ロックフィル

完成年度:2003年

堤高/堤頂長:73m/345m

総貯水量:710万m3

水系名/河川名:斜里川/アタックチャ川

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