43-01 ペーパンダムの地質
新第三紀中新世末期になると、千島列島と千島海溝の間にあるプレートが西に進み、北海道の日高帯に衝突した。この力を受け日高帯では巨大な衝上断層が形成され、現在の日高山脈が誕生し始めた(地下深部にあった地層が断層に沿って西につき上がった。)。この頃、大雪・十勝の火山群の活動が始まった。また道北の南限を区切る上支湧別構造帯と呼ばれる北東―南西方向の断層の集合体も形成された。
この大雪・十勝火山群が第三紀中新世~鮮新世にかけて噴出した溶岩や火山砕屑岩がペーパンダムの基礎となる地質である。これらの火山岩類の特徴は、広範囲に熱水変質作用を受け岩盤強度が低下し、局所的に粘土化している場所が存在することである。
ペーパンダムは新第三紀鮮新世の安山岩溶岩が形成する平坦面を開析したペーパン川の幅広な谷に建設された。ダム基礎の地質は、新第三紀中新世~鮮新世の安山岩溶岩と火山砕屑岩である。この地質特有の熱水変質作用を受け、局所的に岩盤強度が低下している。
なお、忠別ダムの基礎地質もペーパンダムと同時代の火山噴出物であり、強い変質作用を受けている。ダムは変質の最も少ない場所に建設されている。また、ダム軸は、河床の局所的な強い変質部を避け、アーチ状となった。河床堆積物の薄い左岸側を重力ダム、河床堆積物の厚い右岸側をフィルダムとした複合ダムである。
ペーパンダム左岸には安山岩溶岩が、河床部から右岸にかけては火山砕屑岩が卓越している。火山砕屑岩は強い変質作用を受け、岩盤強度が低下している。このことを反映して、左岸の変形係数は1000MN/m^2であるが、河床部から右岸にかけては300MN/m^2~500MN/m^2となっており、特に右岸部の強度低下が著しい。河床部から右岸にかけては、変質による粘土化のため、岩盤強度は期待できない。しかし、変質粘土が亀裂を充てんすることにより安山岩溶岩特有の高透水性亀裂はほとんど認められず、水理的には難透水性岩盤となっている。
一方、開口亀裂には熱水変質作用により、黄鉄鉱が生成していた。黄鉄鉱は風化(酸化)により硫酸を生成するため、酸性水によるダムへの影響も懸念された。
ペーパンダムにおける困難な問題の多くは、変質し強度低下した岩盤に起因する。ペーパンダムでは、軟質な岩盤上に立地することから、堤体および基礎岩盤の力学的、水理的安定性の監視と、その後の対処を可能とするために、監査廊が設置された。監査廊の変形によるコアの安全性や遮水性が確保できるかについて、変形解析をはじめ、様々な観点から検討がなされた。解析結果に基づき、監査廊相互のずれに対応するため、軟質な右岸部では4mと短いスパンが採用された。ジョイントの止水板も3重に施された。また盛り立て後、変形終了時にジョイントグラウトを行う目的でグラウト用配管も施工された。上流側のコア幅も5割増加するとともに、コアと監査廊接触部のコンタクトゾーンも1mとされた。
盛り立て終了後、変位を示した監査廊も認められたが、ボーリング調査により問題ないことを確認のうえ、湛水試験を開始している。
最後まで問題となったのは、ダムサイト右岸斜面の「地すべり」と指摘された地形の存在である。この「地すべり」については、以下の理由により、その存在を否定した。
一つは「滑落崖」から想定される地すべりの移動方向に「移動土塊」が存在しないことである。すなわち、「滑落崖」状斜面の下部右半分には「地すべり移動土塊」が存在するが、左半分には「地すべり移動土塊」が存在せず、地すべりにより形成された地形としては極めて不自然であった。また地形的には「移動土塊」が回転を伴い100m以上移動しているにもかかわらず、「移動土塊」に乱れや土砂混合などが認められなかった。これらのことから、「地すべり地形」が地すべり現象により形成されたとは考えにくいと判断した。
さらに「地すべり移動土塊」が河床砂礫上に乗り上げている、という地すべりの根拠についても再検討した。これまで河床砂礫層とされていた地層の実態は、凝灰角礫岩層の変質の著しい場所であることを確認した。ボーリング時に火山砕屑岩の軟質な基質を流出させたことにより、残存した礫を河床砂礫と誤認したためであった。このことは、土塊の移動を否定する重要な根拠となった。
また、孔内傾斜計に認められた変動は、いずれも変質により粘土化した場所にあたり、変位の位置も連続するものは確認されていない。このことから、右岸の狭窄部は、地すべり移動の結果形成されたものではなく、上部の新鮮で堅硬な安山岩溶岩が浸食に抵抗したためと判断した。なお、当然のことながら、盛り立て完了後の湛水試験においても変位は観測されなかった。