23-01 新区画ダムの地質
北海道北部の地図を見ると、名寄盆地、上川盆地、富良野盆地などの低地が道北を東西に二分するように南北に連なっている。これらは新第三紀中新世中期以降に形成された構造低地と考えられている*1。上川盆地と富良野盆地は本来単一な低地であったが、十勝溶結凝灰岩などの膨大な火砕流により二分されたものである。美瑛町は低地を二分した火砕流台地の上にある町である。美瑛町では、町内のあちこちに灰色の崖を見ることが出来る。近づいてみると岩石は火山灰や軽石からなる凝灰岩である。透明な石英、乳白色の長石や黒い黒雲母の粒子が岩石の中に入っている。特に5mmくらいの粒の大きな石英を多く含むことが特徴である。
火山の噴火により放出された火山砕屑物が地表を流れ下る現象を火砕流と呼ぶ。高温で堆積した火砕流の内部では軽石や火山灰が溶けて結びつく、溶結という現象を生じる。このようにしてできた岩石を溶結凝灰岩と呼ぶ。よく見ると軽石がつぶれ、水平方向に細長く伸びレンズ状となっている。また軽石などの岩片やガラス状の物質が縞状をなしているのがわかる(ユータキシティック組織と呼ぶ)。新区画ダムの建設された溶結凝灰岩は十勝溶結凝灰岩と呼ばれ、上川盆地や富良野盆地の周辺に広く分布している。
新区画ダムは美瑛町中心部の東4㎞のところにある。故老の話によれば、新区画ダムは当初、辺別川に計画されていたが、事情により現在のニタチパウマナイ川に建設されたとのことである。ニタチパウマナイ川は小河川のため水量が少なく、置杵牛川上流より導水している。
新区画ダムの基礎岩盤は十勝溶結凝灰岩である。溶結し硬く固結しているため、フィルダム基礎としての岩盤強度に問題はない。岩盤の変形係数も2,000MN/m^2以上ある。しかし岩体表層だけでなく、内部にも多数の亀裂が存在するため、透水性において問題の多い岩盤である。
溶結凝灰岩は深部まで垂直ないし急傾斜の冷却節理が発達している。地表近くではさらに水平な板状節理が発達している。板状節理は風化に伴い、圧縮されて溶けた痕跡、いわゆるユータキシティック組織に沿って分離している。このため、その数も多く、分布も不規則である。これらの冷却節理と板状節理が組み合わさり、高い透水性を示す岩盤が広範囲に存在する。このため中心部と周縁部に分けて、節理の発達状況やその走向や傾斜の特性を整理し、高透水を示す箇所の分布を推定する必要がある。
これらの節理は、風化により生成した粘土や地表からの流入粘土により満たされている。これらの粘土は地下水の流動により簡単に流出する、いわゆる水溶性粘土である。ルジオンテストにおいて、ある圧力を超えると水の注入量が急速に増えることが特徴である。透水量が多いため、流量の測定ができないこともしばしばある。
新区画ダム河床部のトレンチでは傾斜が70°~80°の冷却節理が2m程度の間隔で上下流方向に分布していた。亀裂はいずれも開口しており、開口幅は1~2mmで、粘土により充填されていた。また水平の板状節理も数㎝~10㎝の幅で多数分布する場所も存在した。粘土で充填されていない節理も存在し、そこから毎分20~30Lの湧水が確認されている。新区画ダムでは、これらの節理の止水に悩まされた。
新区画ダムの基礎岩盤は透水性が極めて高かった。このため、カーテングラウトの施工は、幅8m、厚さ1mのキャップコンクリートを設け、1m間隔で3列のグラウト孔配置として行なわれた。
新区画ダムの北東1㎞のところに聖台ダムがある。いずれも溶結凝灰岩上に建設されたお隣同士の農業用ダムである。新区画ダムを見るのであれば聖台ダムを見てほしい。新区画ダムは立ち入りを拒んでおり、見るべきものはないからである。聖台ダムは道道543号上宇莫別美瑛停車場線沿いにあり、アプローチも容易である。ダム技術を知るためには聖台ダムがよい。聖台ダムは5年の歳月をかけて1937年(昭和12年)に完成した。聖台ダムは2008年(平成20年)土木学会により選奨土木遺産として認定された。選奨理由は「建設時国内で最大規模の水田灌漑貯水池。各種の試験や十分なグラウトを施すことにより、困難な工事を完成させ、修景にも配慮された施設。」である。ダム基礎が溶結凝灰岩のため、ダムセンターに鉄筋コンクリートを設置し止水処理していることも特異である。溶結凝灰岩の止水の考え方として、学ぶことの多いダムである。
聖台ダムはダム湖百選にも選ばれており、5月にはエゾヤマザクラが見事に開花する。桜の時期に開花するカタクリの群落も見事である。比布の突哨山のカタクリ群落は見事であるが、聖台ダムのカタクリも捨てがたい。聖台ダムは新区画ダムと異なり立ち入りを拒んではいない。落水時には洪水吐や導流部も間近に見ることが出来る。洪水吐も一般的なものと異なり、規模が大きい。訪れた人にとって、フィルダムとはどのようなものかを実感できるダムである。体で感じることの出来るフィルダムは多くはなく、聖台ダムは貴重なダムである。ダムフアンには真っ先に訪れてほしい農業用ダムである。ダムフアン以外の方も訪れてほしい。きっとダムフアンになってくれるはずである。
*1:木村敏雄「北海道中軸山地の形成について」(忠別ダム地質勉強会資料)より引用
名寄、上川、富良野盆地をつなぐ南北性構造低地西縁をなす直線的構造は、稚内層堆積直前に形成されたものである。この南北性構造は、この地域では神居古潭帯の東縁に近いところを走るが、これに類縁の構造は北海道南部では東によって日高山脈の東縁より東にあったとみられる。南北性の第四紀断層の活動がこれに沿って起こったところが、富良野付近と帯広付近にある。これらの第四紀断層も帯広付近のものは富良野付近のものよりずっと東にずれている。すなわち、10Ma(地質学の年代の単位、1Maは100万年前を表す)の頃より後の時代の北海道中軸山地の隆起は、神居古潭帯とも日高帯とも厳密には並行しておらず、これらに斜交している。北海道の最北端の宗谷岬が神居古潭帯に近いところにあり、南に突出した襟裳岬が日高帯に位置するのはこの故による。