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26-01 民安ダムの地質

 民安ダムは日本最北のアースダムであり、海岸からわずか4㎞のところにある。よく晴れた日には、ダムから利尻山を眺めることが出来るとされているが、残念ながら私はそのような機会に恵まれていない。

 新第三紀中新世中期になると日本海の広がりは最大となった。しかし新第三紀鮮新世に入ると、日本海は次第に退き始め、陸棚には泥が細粒のタービダイトを伴って堆積していった。稚内から遠別にかけての地域には、退いていく日本海に堆積した新第三紀から第四紀にかけての地層が広く分布している。これらの地層は古い時代から新しい時代になるにしたがい、海成層から浅海層、さらに汽水層、陸成層へと変化している。

 これらの地層は、下位から上位にかけて、新第三紀の稚内層、声問層、勇知層、第四紀の更別層、恵北層に分類されている。稚内層は不規則に割れやすい頁岩である。声問層は軟質泥岩で珪藻の化石を多く含み多孔質である。乾燥した石に口をつけると吸い付けられるので、判別しやすい。勇知層は細粒砂岩で貝化石を多く含む。更別層は、礫岩、砂岩、泥岩および亜炭の互層からなる内湾性の固結度の低い堆積物である。恵北層はおもに粘土層からなり、砂礫層をはさむ未固結堆積物である。

 民安ダム付近の地層は西傾斜のため、東側に下位の古い地層が分布し、西側ほど新しい地層となっている。民安ダムでは広域的な一般地質名称ではなく、地域的な地質名称が使用されているため、両者を対比しておく。民安ダムでは東側から西側に、すなわち下位から上位に、東野層(稚内層相当)、遠別層(声問層相当)、勇知層、更別層、沼川層(恵北層相当)が分布している。

 民安ダムの主たる基礎岩盤は、新第三紀鮮新世の勇知層である。勇知層は下部から上部に向かい、砂質泥岩から泥質砂岩、さらに細粒砂岩へと次第に粗粒化する。民安ダムの基礎岩盤は規則正しく配列した葉理(ラミナ、地層に見られる縞模様)が見られるやや軟質な細粒砂岩である。いわゆる軟岩で、よく連続した地層であり、節理はほとんど認められない。固結度は高くはないが、透水性も低く、低いフィルダムの基礎として大きな問題のない地質である。勇知層の変形係数は110~160MN/m^2程度であり、軟岩の中でもその値は小さい。なおダム右岸上部には、第四紀更新世の更別層が分布している。更別層は礫岩、砂岩、泥岩からなり、連続性の乏しい地質である。

 ダムサイト河床部には、勇知層を覆い10m前後の氾濫原堆積物が分布していた。ダム建設にあたり、この氾濫原堆積物を除去したところ、リバウンドにより勇知層の層理面の一部が分離し開口した。岩盤の透水性の変化やゆるみの増大などが懸念されたため、掘削前後におけるルジオン値の変化や掘削面付近における弾性波速度の変化に関する調査が行われた。いずれの調査結果もリバウンドの影響範囲は深度5m以内であったが、基礎処理グラウトに変更が生じた。固結度の低い軟質な堆積岩を基礎とするダムでは、土被りがある状態での調査結果と掘削により上載荷重が除去された時点の調査結果に乖離が生じることがありうる。この変化を事前に予測することは困難なため、施工段階において修正せざるを得ない。

 築提材料は、主に粘土層からなり、砂礫層や泥炭層をはさむ未固結堆積物である恵北層(沼川層)から採取している。恵北層は下位の地層の構造とは無関係に堆積し、この地域の丘陵上部に分布している。天塩町から遠別町にかけて分布する恵北層のうち、地域の西部に分布する恵北層は湖沼周辺の堆積物、東部に分布する恵北層は扇状地堆積物などの河成堆積物である。礫は稚内層の頁岩が目立つが声問層由来の物もある。ダムの築提材料は西部に分布する恵北層から採取しており、青灰色の粘土中に指頭から拳大の礫を含む未固結堆積物である。

 民安ダムの天端は立ち入り禁止であるが、駐車場もあり貯水池やダム施設を見学することが出来る。ダム施設について親切な案内板がある。肥培灌漑についても詳しい説明もあり、ダムの目的がよく理解できる。ダムへのアクセス路も良好である。「桜の森づくりの会」により植樹された桜の木のそばには、天塩町民の詠んだ句碑があり、それらを眺めながら散策するのも楽しい。肥培灌漑のダムのためか、牛に関する句がいくつかあった。

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